恵心院(えいしんいん)

恵心院の由緒は、真言宗智山派 安楽寿院(京都市伏見区竹田中内畑町)のホームページに
記載されている”恵心院発行の「恵心院由緒」”より引用させて頂きまし。

当院は「真言宗智山派」に属する宇治古刹「朝日山恵心院」であります。
九世紀初期(平安時代)すなわち第五十二代、嵯峨天皇の弘仁13年(822)弘法大師
(空海)の開基であります。此の場所が、嘗て大師入唐の際、学びし唐の青龍寺
の地形(裏に山丘、前に大河あり)に似たるを以って『龍泉寺』と称されたので
あります。その後、種々の戦火にあい、堂宇破却したるを、寛弘2年(1005)比叡
山横川の恵心僧都(源信)によって再興され、寺号を「朝日山恵心院」と改め
称されたのであります。
 江戸時代に入って、淀藩主永井氏の庇護を受けて伽藍の整備がなされたが、
数度の兵乱にかかり破却衰滅していたが真言宗の一沙門によって中興され、
現在まで法灯を守護している。
 天正17年(1589)豊臣秀吉公、並びに徳川家康公より三十石の御朱印を給わり、
堂塔完備境内荘嚴を極め、当地方に於ける真言宗の大道場として繁栄したが、
今は僅かに永禄2年(1559)造営の本堂及び楼門を残すのみとなりました。