西本願寺(にしほんがんじ)
覚信尼(かくしんに)が御影堂を建てた後、3代の覚如(かくじょ)上人の時、本願寺と名乗り、室町
時代8代目の蓮如(れんにょ)上人が現れて、飛躍的に栄えた。その後、比叡山宗徒や日蓮宗の門徒など
との反目もあり、本願寺の場所は山科や大阪の石山などを転々とするが、天正19年(1591)豊臣秀吉の
寄進もあり、現在の地に落ち着いた。
その後、12代目の後継者をめぐって内紛が起こり、慶長7年(1602)本願寺は東西に分裂。秀吉の
推した准如(じゅんにょ)上人が12代を継いで西本願寺となり、家康が引退した教如(きょうにょ)上人に
寺地を与えて東本願寺となし、現在に至っている。
出典:通の行く京都 1200年の歴史を秘めた「京の古寺あるき」
編者:メディアユニオン 発行所:有楽出版社
発売所:実業之日本社 発行:1999年7月第5版
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